漢方薬によるアトピー性皮膚炎治療薬研究変遷史


脾肺病としてのアトピー性皮膚炎

 

東洋学術出版社発行の『アトピー性皮膚炎の漢方治療』に掲載。
 1996年の発行で、B5判 216頁 全24篇 55症例 カラー写真多数 定価:3,570円 ということだが、現在も売られている模様。

                村田漢方堂薬局 薬剤師 村田恭介

   ●はじめに

 アトピー性皮膚炎は,現象的には皮膚と皮下組織の病変であり,中医学的には肺に属する「皮毛」と脾に属する「肌肉」の病変であるから,アトピー性皮膚炎は肺脾病と考えることが出来る。それゆえ,大気汚染の状況や空調設備の環境および食生活の習慣や環境などと,密接な関係がある。

 ところで,『素問』咳論に「五臓六腑はみな人をして咳せしむ。独り肺のみにあらざるなり」と述べられているように,五臓の機能が失調すると少陽三焦を運行する気機の逆乱を誘発し,いずれも肺の宣降を失調させて咳嗽が出現し得ることを指摘しているが,アトピー性皮膚炎も同様に,五臓の病変が肺脾に波及すると,いずれもアトピー性皮膚炎を誘発し得るのである。

 昨今のアトピー性皮膚炎には様々なタイプがあり,代表的な弁証分型を提示することは出来ても,すべてを包括することは不可能な状況である。肺脾の疾患であっても,五臓の病変はいずれも本病を誘発し得るだけに,病機は複雑多岐である。とは言え,これは何もアトピー性皮膚炎に限ったことではなく,大局的に見れば他の疾病と何ら異なることのない普遍的な共通性である。それゆえ,アトピー性皮膚炎だからと言って特別視する必要はなく,肺脾病との認識に立脚して中医学理論に基づく弁証論治を忠実に行うという基本的な営為こそが,最も有効な治療方法と言える筈である。

 人体の生命活動は「五行相関に基づく五臓を項とした五角形」が基本構造であり,病機分析(病態認識)の基礎理論となる構造法則の原理は,陰陽五行学説である。陰陽五行学説という原理に基づく中医学理論は,よりハイレベルな構造法則として常に発展していく必要があるが,差し当たりは現段階における中医学理論に基づき,五臓を項とする五角形のひずみを矯正することが,疾病治療の基本原則となる。

 つまり,西都中医学院の陳潮祖教授が『中医病機治法学』(四川科学技術出版社発行)で述べられているように,五臓間における気・血・津液の生化と輸泄(生成・輸布・排泄)の連係に異常が発生し,これらの基礎物質の生化と輸泄に過不足が生じたときが病態であるから,五臓それぞれの生理機能の特性と五臓六腑に共通する「通」という性質に基づき,病機と治法を分析して施治を行うのである。

①病因・病位・病性の三者を総合的に解明し,
②気・血・津液の昇降出入と盈虚通滞の状況を捉え,
③定位・定性・定量の三方面における病変の本質を把握するというわけである。

 治療方法については、これらの病機分析に基づき,病性の寒熱に対応した薬物を考慮しつつ,

①発病原因を除去し,②臓腑の機能を調整し,③気血津精の疏通や補充を行うのである。

 治療の成否は,中医基礎理論の知識を実際の臨床にどのように活用し,応用出来るかという一事に関わっているが,実際の臨床においては「現症の病機」の把握に大きな間違いがなければ,アトピー性皮膚炎と言えども,既製のエキス剤の代用によっても,一定の成果を上げ得るのである。

 

 

●症例

 (1)当時13歳の女子。身長155cm,体重45Kg。初回,平成5年8月6日。

 [主 訴] アトピー性皮膚炎。
 
[原病歴] 3歳頃に発症し,近隣の皮膚科で加療。主としてステロイド系の軟膏を断続的に使用し続け,軽快と増悪を繰り返していたが,マスコミによるステロイド軟膏の副作用情報に両親が恐怖感を抱き,平成5年5月下旬よりステロイド軟膏を含めて,病院治療をすべて中止する。しばらくして顔面や首回りと四肢の屈曲部を中心に紅皮症様となり,激しい痒みを伴い,掻破して出血する。人に勧められてよもぎ風呂を使用すると,2~3割程度の緩解があったが,それ以上は良くならない。  

[現 症] 顔面の紅潮が著しく,首と四肢の屈曲部・足の裏・手掌に掻破痕があるが出血以外には滲出液はみられず,すべての患部に白屑が伴っている。少食で疲れやすく寒がり,夜間は夏でも蒲団に頭までもぐり込んで寝る。痒みは風呂上がりに最も激しい。 
[舌 象] 舌の大きさは普通で中心に1本の溝がある。舌質は淡紅・舌尖は紅で点刺が顕著・舌苔は微黄膩・舌下脈絡が青黒く怒張。  

[現症の病機] 脾肺の気虚とともに脾虚生湿と心火亢盛を伴ない,火熱が湿邪と合体して湿熱が生じ,表衛の機能低下による悪風も伴っている。  

[治 法] 補気健脾・燥湿瀉火
 
[処 方] 補中益気湯・黄連解毒湯の各エキス剤(日本で常用される煎薬換算の半量を分3)。  

[経 過] 服用開始の初日から即効し,わずか4日間で,奇跡的に全身の皮膚炎の殆どが消滅した。ところが,5日目から次第に効力が低下し,20日後の状況は足の裏・手掌・首回りが乾燥して白屑が強い。顔面の紅潮や全身の掻痒は殆ど消失したが,首は乾燥のために痛い。

 また,全身の所々で毛穴を中心にした鳥肌が立ち,項背部が凝って寒い。相変わらず就寝時は寒がって蒲団に頭からもぐり込んでおり,足腿の内側部分は鳥肌状の赤い発疹が顕著に出現している。
 以上により,表衛のさらなる機能低下により,風寒束表が誘発されたと考えて「葛根湯」,少陽三焦を通じて体内の津液分布の偏在を調整する「猪苓湯」の二方剤を追加し,それぞれ煎薬換算の半量を分3で加える。

 9月中旬,全体的に軽快しているが,風呂上がりに足の裏が紫色になり,気味が悪いという。黄連解毒湯による氷伏を恐れ,本剤のみ服用量を半分に減す。これで配合バランスがほどよく調整され,多少の波を打ちながらも比較的順調に軽快し,翌年の平成6年3月にはほぼ消失し,念のため10月まで服用して,治療を徹底させた。

 なお,平成6年の1月には黄連解毒湯のみ一時的に中止してもらったたことがあったが,やはり本剤がないと掻痒感が出現してしまうので,結局は少量の配合が必要であった。

 [考 察] 筆者自身は,アトピー性皮膚炎に葛根湯を用いたのは初めての経験であった。表衛の機能低下の上に心火旺盛という状況に対する黄連解毒湯の配合比率は微妙である。配合比率のまずさから風寒束表を誘発する絶好の条件を与えてしまった可能性も考えられる。結果的には黄連解毒湯の配合量を他方剤の2分の1に減量することでバランスが取れた。

 以前,当時14才の愚息の流感による高熱に対し,銀翹散製剤と黄連解毒湯で即効的に治癒させたことがあるが,治癒後もだらだらと続服させていたら,夜間尿の回数が急増して困ったことがある。黄連解毒湯を中止し,腎陽を強力に温補する海馬補腎丸を飲ませて治癒させたが,黄連解毒湯などの清熱瀉火薬を連用する場合は,衛気の来源である腎陽を損傷しないように細心の注意が必要である。

 『霊枢』営衛生会篇に「衛は下焦より出ず」とあるように,衛気は腎から生じる元気がもとになっており,腎陽の蒸騰気化を通じて水穀の精微から化生し,肺の宣発によって全身に散布されるので,衛気が正常に機能するには,①腎精が充足し,②脾が管轄する水穀の精微が充足し,③肺の宣発機能が正常に働く必要がある。

 本例では,心火に対する黄連解毒湯を少量併用しつつ,肺脾の虚損に対する補中益気湯,肺気の宣発を促進する葛根湯,および腎陽の温補も兼ねる葛根湯中の桂皮が合理的に働いて表衛の機能を正常化させ,さらに桂皮は黄連解毒湯による氷伏や腎陽の損傷を防止している。猪苓湯は肺・脾・腎・肝四臓の補益とともに滋陰利水の効能をもつので,少陽三焦を通じて皮毛と肌肉間の膜腠区域の水分代謝の偏在を調節する効能があり,あらゆるタイプのアトピー性皮膚炎に応用が可能である。以上の四方剤によってバランスのとれた治癒力を発揮したものと思われる。

 本例のアトピー性皮膚炎は,心火と脾虚生湿による湿邪の一部が互結して湿熱を生じ,湿熱が少陽三焦を通路として表衛の機能低下に乗じて,皮毛と肌肉間の膜腠区域を擾乱したものと認識している。

 

 (2)当時18歳の看護婦さん。初回,平成6年5月7日。

 [主 訴] アトピー性皮膚炎。

 [原病歴] 小児の頃から本病の体質傾向があったが,平成5年になって顔面と手足に顕著な増悪が見られ,10月から当時まだ就学中の付属病院にて加療。ベタメサゾンとビタミン剤のD・M2種類の内服薬とともに,外用薬としてメサデルム軟膏が出され,指示を守り治癒を期待したが,軽快と増悪を繰返し,結局は治癒の傾向が一向に見られないので,母親に連れられて来局。

 [現 症] 掻痒感が強く白屑を伴って顔面の紅潮が著しい。両手には強い掻痒感を伴う水疱があり,掻きむしると透明な滲湿液が流れるが,皮膚表面は乾燥してひび割れと白屑を伴っている。軽度の鼻炎傾向があり,透明な鼻汁が出やすい。

 [舌 象] 舌の大きさは普通で舌質は淡紅・舌尖は紅で紅点が顕著・舌苔は白・舌下脈絡が青黒く怒張。

 [現症の病機] 心火熾盛とともに湿熱毒邪が皮毛と肌肉の間隙である膜腠部分で壅滞した状況である。

 [治 法] 瀉火解毒・清熱化湿

 [処 方] 黄連解毒湯・猪苓湯の各エキス剤(日本で常用される煎薬換算の半量を分3)。

 [経 過] 順調に経過し,漢方薬を使用後は病院から出されていた内用剤・外用剤ともにすべて中止したが,心配されたリバウンドも全くない。7月6日の報告では,直射日光に浴びる機会が多かったのが影響したのか,瞼に痒みを伴う発疹が出没。また,手の皮が繰返し剥がれる。同方を持続し,7月20日の時点では,上記の症状はほぼ消退した。8月6日の報告では手の爪と,爪の根本に異変が生じ,カンジタ様の病変が出現。看護婦さんの仕事上不可欠な消毒液の影響が考えられる。上記方剤に十味敗毒湯エキス剤(煎薬換算の半量)を追加。平成7年2月一杯まで真面目に服用し,アトピーのみならずカンジタ様の病変も消失して廃薬。

 [考 察] アトピー性皮膚炎を誘発した根本的な病因・病機を深く追究しなくても,現時点の一連の症候に基づく「現症の病機」さえ把握出来れば,治法と方剤がおのずと定まるので,充分に治療効果が出せることを証明した典型的な症例である。

 

 (3)当時14歳の女子中学生。身長161cm,体重51Kg。初回,平成5年10月6日。

 [主 訴] アトピー性皮膚炎。

 [原病歴] 小児の頃から本病の体質傾向があったが,平成4年にケーキ屋さんでアルバイトする姉が,毎日の売れ残りを沢山持って帰る日々が続いたお陰で,ケーキ漬け天国の期間が数ヶ月続いていた。ところが11月になって突然,顔面・四肢の屈曲部に激しい発赤・腫脹・掻痒感が発生。このため,一般の皮膚科医院に通院治療していたが,ステロイド剤による副作用のマスコミ報道で恐怖心を煽られ,西洋医学による治療を中止し,漢方薬を求めて母親と来局。皮膚科の検査では,IgEに「家ダニ」と「鶏卵」に陽性が出ていた。

 [現 症] 顔面の紅潮と腫脹が顕著で白屑を伴うだけでなく,所々に掻きむしって生じた滲湿液が黄色のかさぶたを形成している。四肢の屈曲部も同様に,掻きむしって血液を伴った滲湿液が出てかさぶたを形成している。首や腹部や背部にも見られ,殆ど全身に皮膚炎が蔓延している。慢性的な鼻閉・希薄透明な鼻汁・くしゃみなどもあり,皮膚炎のみならず鼻炎症状も顕著。  大便は4~5日に1回。体力がなく寝るのが大好きで,学校から帰ると寝てばかりいる。皮膚炎が増悪して以来,学校をさぼりがちである。寝汗をよくかき,真冬でも薄着であるが,足が冷える。但し,寝汗をかくような時には,逆に足が火照る。生理の量が多い。

 [舌 象] 舌形は嬌嫩・舌質は淡紅で舌先が鮮明な紅色を呈している。中央部より舌根部にかけて微黄膩苔があり,その他は無苔。

 [現症の病機] 肺脾の気陰両虚の上に,脾虚生湿と心火・肺熱を伴い,このために痰(湿)熱が生じて皮毛と肌肉が接する膜腠で壅滞している。

 [治 法] 気陰双補・清熱化痰(湿)

 [処 方] 補中益気湯エキス剤(日本で常用される煎薬換算の全量を分3)・辛夷清肺湯と猪苓湯の各エキス剤(煎薬換算の半量を分3)・適量の大黄の錠剤。

 [経 過] かなり即効があり,皮膚炎・鼻炎症状ともに急速に消退。リバウンドが心配されたが,極めて順調に経過し,年内には殆ど無症状に近い状態となる。平成6年の4月一杯まで連用して,再発の徴候が見られないので,廃薬。

 [考 察] もしも期待する効果が発揮出来ない場合は,上記の方剤に参苓白朮散の半量を加えて少々脾陰虚に重点を移し,補中益気湯は半量に減量する予定であったが,結果的にはその必要もなかった。

 なお,辛夷清肺湯は日本漢方においては鼻疾患専門の方剤とされているが,中医学的には肺陰虚と肺熱が同時に介在する各種疾患に応用出来る便利な方剤である。アトピー性皮膚炎や気管支炎・気管支喘息のみならず,降圧剤の副作用による咽喉炎や気管支炎などにも応用する機会が非常に多い。

 

 (4)当時23歳の女性。初回,平成5年5月6日。

 [主 訴] アトピー性皮膚炎。

 [原病歴] 小学生の頃から本病の体質傾向があった。ここ数年来,両手に主婦湿疹様の皮膚病があり,折々に皮膚科にかかってステロイド軟膏をもらって治癒と再発を繰り返していた。四年制大学を卒業したものの就職浪人が決定して以来,アトピー性皮膚炎が全身に次第に発症しつつあったが,友人に勧められたベビー石鹸を初めて使用し,その晩に父が持って帰った握り鮨を大量に食した翌日から激化。顔面・四肢の屈曲部のみならず両腕全体が,激しい掻痒感を伴って発赤・腫脹・乾燥・落屑が出現。右耳周囲の掻痒感は特に強烈で耳切れも併発。マスコミ情報の影響で,ステロイド軟膏の使用に不安を覚え,漢方薬を求めて母親と来局。

 [現 症] 上記の症状の他,両手首から腕にかけて,暗褐色の苔癬化した色素沈着が顕著。手の指や掌に痒みの強い水疱が多数発生し,掻きむしると透明な滲湿液を伴って,ボロボロと表皮が繰返し剥がれる。顔面や両腕・腹部などに掻きむしった血痂と苔癬化した個所が無数にあり,とりわけ腹部には腕と同様に苔癬化した色素沈着の顕著な部分が広い。

 [舌 象] 舌は痩薄で横皺の裂紋が多く,舌質は紅絳・舌苔は薄白で乾燥し,舌根部に苔が解離した暗紅色の無苔部分がくっきりと目立つ。また,舌下脈絡が青黒く怒張。

 [現症の病機] 陰血虚損の体質である上に,辛辣厚味の多食による胃熱によって胃陰を損傷し,母病が子に及んで肺熱と肺陰虚を併発し,脾不運湿による湿と熱が互結して湿熱を生じて皮毛と肌肉が接する膜腠で壅滞している。

 [治 法] 滋陰・清熱・化湿を行った後に補血活血も併用する。

 [処 方] 辛夷清肺湯(全量)・三物黄芩湯・(半量)猪苓湯(半量)の3方剤の併用。後に温経湯(全量)も追加。

 [経 過] 手と色素沈着のある両腕と腹部は目立った効果は認められないが,発赤・腫脹・落屑が併発している部分はすべて順調に軽快し,数ヶ月後に顔面の紅潮がほぼ完全に消退したところで,温経湯を追加。これによって,次第に色素沈着が顕著な両腕と腹部の苔癬化していた部分が消退し始め,平成7年6月まで上記の4方剤を併用。色素沈着がほぼ消退したので,以後は辛夷清肺湯と猪苓湯の2方剤のみ,予防と体質改善の徹底を期待して現在も続服中。なお,舌根部の苔の解離部分は完全に消滅している。

 [考 察] 平成8年2月現在も,母親の希望で上記の2方剤のみを継続しているが,理想的には適量の温経湯も併用すべきであろう。引き続き観察中であるが,今のところ再発は見られない。

 

  ●おわりに

 アトピー性皮膚炎は,現在大きな社会的問題となっているが,中医学的には基本通りの弁証論治を正確に行えば,かなりな成果が得られる。既に述べたように,治療の成否は中医基礎理論の知識を実際の臨床にどのように活用し,応用出来るかという一事に関わっている。

 前掲の症例は,初期から弁証論治が比較的正確に行えたものばかりを掲載させて頂いたが,実際の臨床では,初回から期待するような治療効果が出せず,長い間,病人さんともども難行苦行を強いられたことも何度か経験している。このような場合でも,軽快後の結果から考察すると,結局は不正確な弁証が原因であり,正確な弁証がありさえすれば,比較的スムーズに軽快・治癒に向かわせることが出来た筈のものであった。

 根本的な病因・病機をそれほど深く追究しなくとも,現時点における一連の症候に基づいた「現症の病機」さえ把握出来れば,おのずと治法と方剤が確定されるので,既製のエキス剤の代用によっても,充分に一定の効果を上げることは可能である。